2008年8月6日水曜日

夏の熟考1「将来の夢」

「DJ」羨ましく思いました。
最近、知り合いのお子さんの将来の夢を聞く機会がありました。
社会のなんたるかを知らない時、「大人になったら・・・」と思っていることはありました。
それがいつの間にか、どっかにいっちゃって気がついたら社会人でした。
「いつの間にか」は「いつの間」だったのだろうと振り返ってみると
「中途半端の部活動」「高校の入試のために」「大学入試のために」などだったのかなあと思います。
前にも少し触れましたが「夢」に「日付」を入れることで「目標」になると聞いたことがあります。
まてよ、「将来の夢」を「将来目標とする仕事」と考えてもいいのだろうか?
いや違う。例えば「宇宙飛行士」じゃなくて、「宇宙旅行」だってありえる。
子供の頃の夢は成長するにつれて陳腐なものになり、諦めてしまう(どっかにいっちゃう)のだろうか?
それとも夢は夢で、実現可能なものへの「妥協」を学んでしまうのか?

30歳近くになってプロのミュージシャンを目指している人を多く知っています。
彼らは夢をおい続ける純粋な人間なのか?妥協を知らない子供なのか?実社会(実際の社会:美化・様式化されたものとは違って、複雑で、虚偽と欺瞞に満ち、毎日が試練の連続であると言える、厳しい社会を指す。『新明解国語辞典』)から目を背けているのか?大人は夢を持っては行けないのか?

高校時代、「プロのギタリスト」か「医者」になるのか迷っていた友人に相談を受け、
「医者になってもギターは弾けるけど、ギターリストは医者にはなれない」と助言したことがあります。
将来に夢を叶えるには、実社会でも通用する能力・技術・覚悟が必要か、夢は夢としてとって置くかの選択は必要。

高校時代(中学高校と同じ学校に通った)の友人は名医になりました。
いつか彼女の「DJ」を聞きたいと思います。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

夢。
見なくなりましたね。
最後の夢は「プロのミュージシャン」でした。
「プロのミュージシャン」の現実を知り、絶望し、
「正社員=店長になる」が目標になりました。

懐かしいですね。

今は「夢」も「目標」も持っていないかも・・・
いかんな。